「許した」はずなのに、なぜ思い出すのか
パートナーの浮気を知り、話し合い、「もうやり直そう」と決めた。それなのに、ふとした瞬間にあの日の光景がよみがえる。スマホの通知音、帰りが遅い日の胸騒ぎ、何気ない会話の中の一言——そこからフラッシュバックが始まる。
「自分が許すと決めたのに、まだこんなに苦しいのはおかしいのだろうか」。こうした相談は少なくない。ただ、研究によれば、この苦しさには明確なメカニズムがある。あなたの心が弱いから繰り返すのではなく、脳と愛着システムが「まだ安全ではない」と警報を出し続けている状態だと考えられている。
2026年5月現在の知見をもとに、フラッシュバックの正体とその回復プロセスを整理してみたい。
フラッシュバックの正体——裏切りトラウマと愛着の警報装置
浮気の発覚後、裏切られた側にPTSD(心的外傷後ストレス障害)に類似した症状が出ることは、複数の研究で報告されている。Rizo et al.(2019)の調査では、パートナーの不貞を経験した未婚成人において、侵入的想起(フラッシュバック)、回避行動、過覚醒といったPTSD症状群が有意に確認された。つまり、これは「気にしすぎ」ではなく、トラウマ反応の一種と位置づけられる。
ここに愛着理論の視点を重ねると、もう一層見えてくるものがある。
Bowlbyの愛着理論では、パートナーは「安全基地(secure base)」として機能する。浮気という出来事は、その安全基地そのものが脅威の発生源になるという矛盾を生む。D'Rozario & Pilkington(2022)やSun & Miller(2023)の研究が示すように、裏切り体験は不安型の愛着スキーマを強化し、見捨てられ不安や拒絶への過敏さを高める。
結果として、頭では「許した」と判断していても、愛着システムは「この人のそばは安全か?」という問いを繰り返す。フラッシュバックとは、その問いが意識に浮上する瞬間だと解釈できる。
「許す」と「信頼を再構築する」は別のプロセス
ここで一つ、重要な区別をしたい。「許す」ことと「信頼が回復する」ことは、まったく別のプロセスだということだ。
許しは意志の問題——「もう責めない」と決める認知的な行為である。一方、信頼は感情と身体の問題で、安心感が積み重なることで初めて回復する。一次論文ではこの二つを混同しないことが繰り返し指摘されているが、当事者からすると区別が難しい。
私自身、研究室出身の相談者夫婦に関わった経験がある。妻側が夫のスマホを毎晩チェックしていたケースだった。きっかけは怪しいLINE1件。確認すればするほど些細なやり取りが気になり、何も見つからなくても「削除したのでは」と疑いが止まらない。これは許していないのではなく、信頼回復のプロセスが始まっていなかったのだ。監視行動が一時的に不安を下げるが、根本的な安心にはつながらない——愛着スタイルの自覚だけでも行動パターンは変わりうることを、この経験で改めて確認した。
Gottmanの信頼回復メソッド——3つのフェーズ
では、信頼はどうやって再構築するのか。再現性として注目したいのが、GottmanのTrust Revival Methodだ。Irvine et al.(2024)のパイロットRCT(ランダム化比較試験)では、49組のカップルを対象に検証が行われ、この方法が通常のカップルセラピーよりも信頼・葛藤管理・関係満足度・性生活の質において有意に効果的だったと報告されている。
このメソッドは3つのフェーズで構成される。
フェーズ1:Atone(償い)
浮気した側が100%の責任を認め、相手の痛みに寄り添う段階。ここで大切なのは、「もう終わった話でしょ」と蓋をしないこと。裏切られた側のフラッシュバックに対して、防衛的にならずに受け止める姿勢が求められる。Gottmanの研究では、この段階でFour Horsemen(批判・侮蔑・防衛・無視)の「防衛」が出ると回復が大幅に遅れることが示されている。
フェーズ2:Attune(同調)
日常の中で感情的なつながりを取り戻す段階。Gottmanのいう「ビッド(bid for connection)」——ちょっとした声かけや視線——に応答する習慣をつくり直す。私は自分の家庭でも「話したいことがあるんだけど、今いい?」という一言を入れてから切り出すようにしている。たった一言の前置きが、相手の防衛反応を下げる。研究知見の家庭内実践として、手応えを感じている部分だ。
フェーズ3:Attach(再愛着)
新しい関係の物語をつくる段階。「あの出来事があったけれど、二人はこうやって乗り越えた」という共有ナラティブが形成されると、愛着の安全基地が再構築される。ただし、このフェーズに到達するには数カ月から1年以上かかることが多く、焦りは禁物だ。
今日からできる3つのステップ
研究知見を日常に落とし込むと、以下の3ステップに整理できる。
ステップ1:フラッシュバックに「名前をつける」
「また来た」と気づいたら、「これは愛着の警報だ」と内心でラベルを貼る。名前をつけるだけで、感情に巻き込まれるスピードが落ちる。これは感情のラベリング効果として神経科学でも確認されている現象だ。
ステップ2:「確認行動」を「言語化」に置き換える
スマホをチェックしたくなったとき、代わりに「今、不安を感じている」とパートナーに伝える。確認行動は不安を一時的に下げるが、ループを強化する。言語化は、不安そのものをパートナーとの対話のテーブルに載せる行為であり、ビッドとしても機能する。
ステップ3:「小さな約束の積み重ね」で信頼口座に預け入れる
「帰りが遅くなるときはLINEする」「週末に30分だけ二人で話す時間をつくる」——大きな誓いではなく、守れる小さな約束を一つずつ積む。Gottmanの感情銀行口座(emotional bank account)の概念でいえば、預け入れゼロの状態では些細な引き出し(ネガティブ体験)にも耐えられない。小さな預け入れの反復が、口座残高を回復させる。
FAQ
フラッシュバックはどれくらいで収まりますか?
個人差が大きいものの、Gottmanの臨床データでは信頼回復に1〜2年を要するケースが多いと報告されています。フラッシュバックの頻度は徐々に減っていきますが、完全にゼロになることを目標にするより、「来ても対処できる」状態を目指すほうが現実的です。
カウンセリングを受けるべきタイミングはいつですか?
フラッシュバックが日常生活に支障をきたしている(眠れない、仕事に集中できない、パートナーへの怒りが爆発する)場合は、早めに専門家に相談することをおすすめします。Gottman Method Couples Therapyのような実証研究のある手法を扱うカウンセラーを選ぶのが一つの基準になります。
パートナーにフラッシュバックのことを伝えるべきですか?
研究によれば、伝えたほうが回復は早い傾向にあります。ただし「あなたのせいで苦しい」という批判ではなく、「今、不安が出てきている」という自分の状態の共有として伝えることが重要です。これがGottmanのいうAttuneフェーズの実践にもなります。
浮気を許せないなら別れるべきでしょうか?
「許せない=別れるべき」とは限りません。フラッシュバックが続いている状態は、まだ信頼回復のプロセスの途中にあるということです。ただし、浮気した側が反省せず再発リスクが高い場合や、あなた自身が回復を望めないと感じる場合は、関係を続けることが最善とは言えないケースもあります。
参考文献
- Irvine, T. J., Peluso, P. R., Benson, K., Cole, C., Cole, D., Gottman, J. M., & Gottman, J. S. (2024). A Pilot Study Examining the Effectiveness of Gottman Method Couples Therapy Over Treatment-as-Usual Approaches for Treating Couples Dealing with Infidelity. — The Family Journal, SAGE Publications
- Rizo, C. F., et al. (2019). Post-traumatic stress and psychological health following infidelity in unmarried young adults. — PubMed / Journal of Health Psychology
- The interplay of attachment styles and marital infidelity: A systematic review and meta-analysis (2023). — PMC / National Library of Medicine
- Reviving Trust After an Affair — The Gottman Institute






