「話してるのに見てない」——その行動には名前がある

夕食の片づけをしながら今日あったことを話しているのに、夫はソファでスマホをスクロールしている。「ねえ、聞いてる?」と聞くと「聞いてるよ」と言いながら、目はまだ画面のまま。

この光景に覚えがある人は少なくないだろう。そしてこのとき湧き上がるのは、怒りというより「自分の存在が軽く扱われている」という痛みに近い。

この行動、心理学では「ファビング(phubbing)」と呼ばれています。phone(電話)と snubbing(無視する)を組み合わせた造語で、2012年にオーストラリアの辞書キャンペーンで作られた言葉です。とくにパートナー間で起きるものは「パートナーファビング(Pphubbing)」と呼ばれ、2016年ごろから関係性研究の重要テーマになっています。

筆者はこの10年ほど、愛着理論とGottmanの関係性研究を軸に夫婦のコミュニケーションを研究してきました。ファビングは、ストーンウォーリング(意図的な黙り込み)とは違って本人に悪意がないのが厄介なところです。研究によれば、52の研究・約2万人分のデータを統合した2025年のメタ分析でも、パートナーファビングが関係満足度を有意に下げることが一貫して示されています。

なぜ「スマホを見てるだけ」がこんなに傷つくのか?——愛着理論から読み解く

「たかがスマホじゃないか」と思うかもしれません。でも、傷つく側にとっては「たかが」では済まない。ここには愛着理論が深く関わっています。

愛着理論の生みの親であるBowlbyは、人は安全基地(secure base)を持つことで外の世界に安心して向かえると考えました。パートナーとの関係において、「話しかけたら応答してくれる」という信頼が安全基地の土台です。

ファビングが起きると何が壊れるのか。Gottmanのビッド理論で説明するとわかりやすい。ビッド(bid for connection)とは、相手に向けた小さな注意の要求——「ねえ見て」「今日さあ」「これおいしいね」といった日常の声かけです。Driver & Gottman(2004)の縦断研究では、ビッドへの応答率が離婚予測の強力な指標でした。6年後も関係が続いているカップルの応答率は86%。離婚したカップルは33%。

スマホを見ながらの生返事は、Gottmanの分類で言う「turning away(背を向ける)」にあたります。意図的な拒絶(turning against)より自覚しにくいぶん、積み重なりやすい。

2025年のFrontiers誌に掲載された研究では、パートナーファビングが愛着不安を媒介して関係満足度を下げるメカニズムが示されました。つまり、ファビングを繰り返し受けると「自分は大切にされていないのでは」という不安が育ち、それが関係全体を蝕むわけです。

ファビングとストーンウォーリングは何が違う?

以前の記事でストーンウォーリング(意図的な黙り込み)を取り上げましたが、ファビングとは構造がまったく異なります。整理しておきましょう。

ストーンウォーリングは感情の洪水(emotional flooding)から自分を守るための防衛反応です。本人は「もう限界だ」と感じていて、意図的にシャットダウンしている。一方でファビングは、多くの場合、本人にまったく悪気がありません。「聞いてるよ」と本気で思っていたりする。

だからこそ、指摘されたときの反応も違います。ストーンウォーリングは指摘すると防衛が強まりやすい。ファビングは「え、そんなに気にしてたの?」と驚くパターンが多い。

Carnelley et al.(2026)の日記研究では興味深いデータが出ています。ファビングを受けた日、愛着不安が高い人ほど抑うつ気分と自尊心の低下が顕著で、さらに「報復的ファビング」——自分もスマホを見返す——に走りやすい。沈黙のエスカレーションが起きるわけです。

会話を取り戻す3つの対処法

ここからは具体的な対処法です。研究知見をベースに、実際の相談事例で効果が確認できたものに絞りました。

対処法1:行動に名前をつける——「ファビング」の共有

最初のステップは、この行動に名前があることをパートナーと共有することです。

以前、30代の男性相談者がLINEで毎晩2時間、職場の女性とやりとりしていた事例を担当しました。そのとき痛感したのは、名前をつけるだけで行動が変わるということです。「エモーショナル・アフェア」という枠組みを示した瞬間、本人の認識ががらりと変わった。ファビングも同じ構造を持っています。

伝え方のポイントは「Iメッセージ」を使うこと。「あなたはいつもスマホばかり」ではなく、「話してるときにスマホを見られると、私は自分の話がどうでもいいのかなと感じる」と、自分の感情を主語にする。Gottmanのソフトスタートアップ研究では、最初の3分が会話の結末を96%の確率で決定づけるとされています。切り出し方が勝負です。

対処法2:「スマホなしの15分」を1日1回つくる

いきなり「スマホ禁止」は現実的ではありません。研究によれば、スマホ依存とファビングには強い相関がある(2025年メタ分析でメディア依存が最大の予測因子)ので、いきなり取り上げるのは逆効果です。

おすすめは「1日15分、スマホを別の部屋に置いて会話する」というルールです。食事中でも寝る前でもいい。筆者自身、妻との間で「話したいことがあるんだけど、今いい?」という一言を入れてから切り出す習慣を続けています。たった5文字の前置きですが、相手にスマホを置く心の準備を与えるだけで、対話の着地点がまるで違ってきます。

ここで大事なのは、15分を「監視」ではなく「合意」にすること。二人で決めたルールだから守れる。押しつけられたルールは反発を生みます。

対処法3:ビッドを「拾う」練習をする

Gottmanのビッド理論に戻ります。ファビングの本質はビッドの取りこぼしです。だから、修復の本質もビッドを拾うことにある。

具体的には、パートナーが何か話しかけてきたとき、まず手を止めて目を合わせる。それだけでいい。内容に対する完璧な返答は不要です。Gottmanの研究で「turning toward」にカウントされるのは、たった数秒の反応——うなずき、目を合わせる、「うん」と返す——それだけです。

再現性として確認されているのは、ビッドへの応答は量ではなく頻度と即時性が効くということ。1回の長い会話より、10回の「ちゃんと見てるよ」のほうが感情銀行口座への預け入れとしては大きい。

2026年6月現在、ファビング研究はまだ発展途上の領域です。ここで紹介した対処法も、すべてのカップルに同じ効果があるとは限りません。ただ、52研究・約2万人のデータが一貫して示しているのは、「スマホを見る行動」そのものより「ビッドを拾えているかどうか」が関係性の分岐点になるということです。

FAQ

ファビングとスマホ依存は同じですか?

別の概念ですが関連はあります。2025年のメタ分析ではメディア依存がファビングの最大の予測因子でした。ただし、依存でなくても習慣的にファビングをしている人は多く、自覚の有無が大きな分かれ目です。

「聞いてるよ」と言うのにスマホを置かない夫にはどう伝えればいいですか?

「聞いてるよ」は本人の主観としては嘘ではないケースが多いです。ただ、受け手の感情は「聞いてもらえていない」なので、「私は画面を見ながらだと聞いてもらえてる感じがしない」とIメッセージで伝えてみてください。行動(スマホを見る)ではなく感情(不安になる)にフォーカスするのがコツです。

自分もファビングしてしまう場合はどうすれば?

Carnelley et al.(2026)の研究では「報復的ファビング」——やられたからやり返す——がエスカレーションの主因でした。まず自分のファビングに気づくことが第一歩です。通知をオフにする、食事中はスマホを別室に置くなど、環境を変えるアプローチが有効です。

子どもの前でのファビングは影響がありますか?

直接的な研究はまだ限られていますが、親のスマホ使用と子どもの問題行動に関する研究は増えています。少なくとも、夫婦間のビッド応答率が下がれば家庭全体の情緒的安全感に影響が出ると考えるのが自然です。

参考文献